会期:2024.1.27-28
会場:宮城野区文化センター パトナシアター
出演:
写真:佐藤陽友
森に住む精霊ことヒラタクワガタの平田クワと、池の天使のモリアオガエルである森愛オガは劇場にてコラボ配信を行う。VTuberの彼らは、いつものように動画配信のコーナーを展開していくが、次第に中の人のキャラクターが滲み出て、バーチャルとしてのキャラクターと存在を重ねていく。劇場には2人の進行とは無関係にミジンコの映像が投影され、それがトリガーとなり楽器群を演奏する。
新型コロナウイルスの渦中、舞台に登場する役者や演奏家などがマスクをするべきかどうかの議論が生まれた。舞台というのはパフォーマーが演じるフィクションを楽しむものだが、マスクを付けていることでコロナ禍という現実を突き付けられ、目を覚まさせられる。それならば、パフォーマーが完全に隔離されて舞台に登場せずに演じれば、安全になるのではないかという想像をしたのが本作が生まれる切っ掛けである。
オンラインのビデオ通話が普及し、仕事上でのテレワークやテレカンファレンス、プライベート上でのオンライン飲み会など、それまでは同席することが当たり前だった行為も離れた場所でも可能になった。移動する必要がなくなる一方で、対面で得られる相手の全身像、ジェスチャー、匂い、声色や音量などは失われたり曖昧になったりする。しかし現実よりも解像度の低い映像や音声でも、情報伝達はできるということは実感できた。
写真:佐藤陽友
本作では舞台上に人物は一切登場しない。映像の中にいるアバターの動きや話す内容が人間によって演じられるものである。テレカンファレンスは対面よりも人間性が失われるが、本作ではそれよりも更に限定的な要素に絞られている。そのような状態で行われる舞台からいかに人間性が取り出せるのだろうか。一方で舞台上には音楽を奏でる存在がおり、それは人間ではなくミジンコである。人間によって演じられることが当たり前の舞台で、一切人間は登場せず、ミジンコのみが舞台に上がっている。VTuberのキャラクターが人間そのものではなく他の存在になろうとすることと同じく、テクノロジーによって人間ならざるものによるパフォーマンスが行われているように見えるよう装置を開発した。
日常生活における代替されたコミュニケーション手段は、自分の中でVTuberの配信文化と繋がった。諸説はあるがVTuberとしての存在は2016年頃から登場している。VTuberは一般的にはモーションキャプチャーやWebカメラのトラッキング等を用いてアバターのモーションを動かすことで、キャラクターになりきって配信をする。アニメにおけるキャラクターでは普通、例えばドラえもんは水田わさびによって声が当てられるが、鑑賞者は水田わさびが話しているのではなく、ドラえもんが話していると想像して鑑賞する。しかしVTuberはアバターと、それを操作する人物のキャラクターを2重に捉えながら鑑賞するのである。この新しい文化の特殊な鑑賞構造に惹かれ、作品化することを決めた
写真:佐藤陽友
VTuberを含めた動画配信文化のコンテンツに特徴的な要素はフリー素材が多用されることである。配信者によってはオリジナルのグラフィックや音楽を制作して動画を作るものも居るが、多くはフリー素材を用いて賑やかさを増やす演出に用いている。今作もその文化の慣習に乗っ取りフリー素材を多用した。私は作曲家であるが、映像内の音楽や効果音でさえ作曲せずにフリー素材のものを使用している。新たにオリジナルを作曲するよりも、多くの動画や広告に使われ、多くの人が耳にしたことのあるフリー素材の音楽を使用するほうが、動画配信文化のイメージを作るためには適していると判断したからである。
写真:佐藤陽友
またVTuberの配信の特徴として、パーソナルな空気感がある。これは鑑賞者がそのVTuberに親しみを覚えていれば楽しい時間となるが、そのVTuberに興味がなければ不可解な時間である場合が多い。普通そのような状況は意図せずに生まれてしまうものだが、今回は意図的に組み込んだ。演者の2人には稽古事に初めてコーナーを説明し、観客を意識させずに2人だけが知っているようなプライベートな会話をするように頼んだ。また元々2人は友人として関係を持っており、その共有された暗黙のコミュニケーションも一役買ったであろう。
写真:佐藤陽友
本来舞台というものは人間が登場し演奏、演技、ダンスなどを行う場所だが、この作品における役者の人間性は映像の中のアバターのモーションと会話にのみ現れる。舞台上で唯一存在しているのは顕微鏡によって映し出されたミジンコのみである。そのミジンコの動きをトリガーとして取得することで楽器群を演奏する。
写真:佐藤陽友
ミジンコを映した映像には4つの四角形が描かれており、そのエリアをミジンコが動くとトリガーが生じる。4つの四角形のエリアはそれぞれ、スクリーンの下に置かれた4つのディスプレイに対応している。スクリーンの中ではトリガーを受けるとボールが出現し落下していく。下部に描写されたブロックにボールが当たると、対応する弦やブロックのサンプルが楽器に対して再生される。用いられた楽器はヴァイオリン、アコースティックギター、スネアドラム、ブロックで、それぞれに振動スピーカーが取り付けられている。この仕組みから、ミジンコの動きによって楽器が自動で演奏されるかのように想像できるようになっている。
写真:佐藤陽友