映像提供:日本電子音楽協会
会期:2023.8.11
会場:めぐろパーシモンホール 小ホール
編成自由
近年人工知能技術の開発が進められ社会にだけではく、芸術の創作にも影響を与えている。芸術における人工知能技術の扱いには主に2つのパターンが見られる。1つは人工知能のエラーを用いたもので、もう1つは人工知能を擬人化し新しい関係を見出すものである。前者はこの時代だけに見られる鮮度の高い要素であり、開発が進むことによってそのエラーはなくなるだろう。ある時代を記録するという意味では意味があるかもしれない。それよりも、今後現在ありふれている1つの問題を解決することに特化した「特化型人工知能」から、様々なタスクに対して柔軟に処理をこなせる「汎用人工知能」が登場した場合、後者の関係性が重要になるだろうと私は考える。もし汎用人工知能のような自立した存在が登場したら、人間と共同作曲する取り組みは行われるだろう。今後そのような存在が登場することを見据え、まずは人工生命による自律した存在との音楽創作を目指した。
コンピュータ支援作曲はコンピュータ・アルゴリズム等によって音楽データを生成し、それを器楽によって演奏する場合、普通一度紙の楽譜に記述し演奏家に渡すひつようがある。そこで私が開発している動的楽譜システムを用いると、リアルタイムに生成された音楽をその場で楽譜化でき、作曲から演奏までをステージ上で同時に行うことができる。この動的楽譜システムと人工生命シミュレーションを組み合わせることで、自律した存在によって生成される音楽をリアルタイムに器楽によって演奏する作品を作曲した。
人工生命にはボイドというシミュレーションを使った。ボイド(Boids)はアメリカのコンピュータ・アニメーション、人工生命研究者のCraig W. Reynoldsによって考案された人工生命シミュレーション・プログラムであり、名称は「鳥もどき(bird-oid)」から取られている。
シミュレーションは、エージェントと呼ばれる鳥を模したオブジェクトに3つの動作規則を与えることによって、鳥の群れの振る舞いをシミュレーションを行う。3つの動作規則は以下のようなものである。1つ目は分離。エージェントが他のエージェントとぶつからないように距離をとる。2つ目は整列。エージェントが他のエージェントと同じ方向に飛ぶように速度と向きを変更する。3つ目は結合。エージェントが他のエージェントの群れの中心へ向かうように方向を変更する。このような単純な規則によって、実際の鳥の群れのような複雑な動きを表すことができる。本作においてはこのボイドを自律した生命体と見なし、その振る舞いをソニフィケーションすることによって音楽生成を行う。
ステージ後方のスクリーンにボイドが表示され、その上を赤線が動きスキャンを行う。スキャンされたエージェントの縦位置によって音高が定められており、それを弦楽四重奏が演奏する。
初演は弦楽四重奏によって行われたが、本作品では同じシステムを用いることで自由な楽器の組み合わせ、奏者の数に対応できる。各奏者はタブレット端末に表示される情報を元に演奏を行う。初演では1曲を通じてピチカート奏法、メゾピアノの音量によって行われた。今回は弦楽四重奏だったためピチカート奏法を採用したが、他の楽器の場合はスタッカート奏法などで、短い単音を鳴らすことが望ましいと考えている。
タブレットに表示されるのは、五線記譜法を元にしたアニメーション楽譜であるが、音部記号は楽器が通常使用している楽譜に合わせて表示が異なる。つまりヴァイオリンにはト音記号による表記、ヴィオラにはト音記号とアルト記号が組み合わせられた表記、チェロにはト音記号とヘ音記号が組み合わされた表記が表示される。
演奏情報を受信するとノートが画面の右から左へと流れる。音高は五線記譜法と同じ読み方であり、ノート上に音名を表記している。画面左側に赤線が縦に表示されており、そこにノートが触れた時に演奏を行う。音符の長さは音価を示すが、ピチカート奏法、スタッカート奏法のみなので音価は無視して良い。演奏の開始時には「start」、終了時には「end」という文字が流れる。