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音楽劇 声のゆくえ

動画(抜粋)

映像:相原洋

初演

会期:2022.08.13-14
会場:エル・パーク仙台 ギャラリーホール
出演:χ梨ライヒ、武田らこ
ヴァイオリン演奏(録音):小山あずさ
舞台監督:樽野円香
音響:高野大夢
照明:鈴木真衣
写真:佐藤陽友
映像:相原洋

あらすじ

ヴァイオリンに囲まれた客席。舞台両端には声を発する人物がいる。電気的に鳴らされたヴァイオリンによる音楽の上で淡々と語られる言葉についての考察。口から発せられる言葉は録音され、再生される音となり、文字となり、ヴァイオリンの音色となる。人物の言葉は声から言葉、そして音へと変容していき自己のアイデンティティを見失っていく。

作品について

本作は2人の人物が声や言葉について語り合う音楽劇である。口を通じて語られる言葉、聴く行為について、録音された声、意味のない言葉が作る意味、書かれた言葉、書かれた言葉と語られる言葉の違い、絵文字が持つ意味、楽器の音に変換された声、声のアイデンティティ、声が作る音のテクスチャ、人工音声による声などについて言葉とヴァイオリンの音によって考察していく。音楽は客席を囲むように配置された6丁のヴァイオリンが奏で、時には劇中の考察とインタラクションを持ち、言葉と音の響きの線引を曖昧にする。

作品で扱われる表現

昨今の人工知能ブームにより様々なジャンルの芸術において人工知能による表現が試みられている。本作においては音声合成技術における人工知能の利用及び、それが表現するものについて触れている。具体的にはGoogleの音声合成機械学習プロジェクトであるMagentaのライブラリDDSP(Differentiable Digital Signal Processing)を用いて音声合成を行っている。DDSPではニューラルネットワークを使用して、オシレーター、フィルター、残響を使用して合成モデルをトレーニングできる。これにより、異なるソース間での音色の転送などが可能になる。これを用いることで役者の声の音色をヴァイオリンの音色に変調させ、ヴァイオリンが喋っているような響きを生成した。

声というものにはその持ち主のアイデンティティが付随している。その音色を聴くことでその人の声だということが分かり、その声を知っている人が聞けばその人が発した声であることが分かる。声にエフェクトをかける元の声の音色とは異なったものになるが発声した本人の意思によってリアルタイムに発せられているため、オリジナルのソースであることからアイデンティティは失われていない。一方、サンプリングにおける録音・再生について考慮する必要もある。録音時には声の持ち主が声を発するが、再生時には声を発さずにスピーカーから声が再生される。もし声を発した本人ではなく他人によって再生されるのであれば声の持ち主の意思は無視され、他人によって声がコントロールされる。これらのような声の扱われ方は従来の音楽表現で当たり前のように行われてきた。

今回の人工知能を用いた音声合成によって声がヴァイオリンの音に変換されるということは、エフェクトをかけた状態とサンプリングされた状態が合わさったような状況になるが、さらに新しい効果を生む。声が録音される時には、声の持ち主の意思によって持ち主の口から声が出てくる。そしてその声が変調されヴァイオリンの音色に変わると、あたかもヴァイオリンが発声しているかのように振る舞う。そしてこのヴァイオリンの音色をスピーカーから出力するのではなく、後述する方法によってヴァイオリン本体から鳴らすと、ヴァイオリンというオブジェクトから自発的に声が発せられたかのような響きを得ることができる。ヴァイオリンから聞こえてくる声のようなものは、演奏のように何かを狙って創られた音でもなく、声色のようなアイデンティティもヴァイオリンの音色に変換されている、まだカテゴリーのない音である。

電子音楽が登場してから、それ以前に器楽には不可能だった音響を生み出すことが可能になった。例えばサンプリングによって演奏をループし独特なグルーヴ感を持たせる、人間には不可能な高速ループ、グリッチ、エフェクトをかけてアナログ・デジタル信号処理をかけた音など。これらの音は新しい音を求める音楽家によって探求され、様々な音響が生み出されてきた。しかし、その音はスピーカーを通してしか聴くことができなかった。電子音楽によって生まれた音響をスピーカーに介さず、楽器そのもので奏でることはできないだろうか。そのようなアイデアから近年、楽器に振動スピーカーやマイクを取り付ける試みが行われてきている。多くのプロジェクトでは楽器の拡張として捉えられており、ヴァイオリンの演奏をマイクで入力し、エフェクトを通した音を振動スピーカーに送ることで、エフェクトのかけられた音がヴァイオリンから聞こえてくるようなものである。振動スピーカーとは机などに貼り付けることで振動を送り、机を反響板として利用し音を増幅させるものである。楽器に取り付けることで、楽器が持つ音響特性で音を増幅させることができる。ヴァイオリンを例に取ると、ヴァイオリンの弦に弓で擦ることによってノイズを生じさせ、張られた弦はその音響から特定の周波数を取り出す。弦は本体に固定されているため本体に反響し、本体の音響特性が加わり、ヴァイオリンの独特な音が鳴る。この弦の振動を振動スピーカーによって本体に反響させることによって、生演奏と近しい音響が得られる。

大久保はこの原理を利用し、生演奏によるリアルタイムではなくサンプリングした音を再生するシステムを作った。予め演奏を録音しておき、それをトリミングするなど電子的に音響処理を行い、ヴァイオリン本体に送る。ヴァイオリンは客席を囲むように6丁並べられるため、サラウンドスピーカーのような効果を生み様々な方向から音響を奏でる。これによって生楽器の音でありながら電子音楽のような音響を得ることができる。また上述したように作中で役者の声はヴァイオリンの音色に変換され、この仕組によって音響特性に変化が加わるため、ヴァイオリンから声が聞こえてくるような響きが得られる。