日時:2018.09.22
イベント:第一回 絶頂
会場:エル・パーク仙台 ギャラリーホール
出演: | |
第1ヴァイオリン | 川又 明日香 |
第2ヴァイオリン | 瀧村 依里 |
ヴィオラ | 飯野 和英 |
チェロ | 吉岡 知広 |
本作は映像を使用した弦楽四重奏曲である。コンサートという音楽を集中して鑑賞する場に、現代に見られるような「BGM的聴取」を持ち込むことで、コンサートにおける新しい聴取方法の提案を行う。
映像内では食物連鎖の生態系が作られ、その個体数の増減によって演奏内容が生成される。演奏者が映像内で表示される楽譜に従い演奏することで音楽が奏でられる。一般的に電子音楽においては、コンピュータで演奏情報を生成しスピーカーを用いて電子音を奏でる。しかし本作では、その情報を演奏者が楽器を用いて音にすることで、人間の演奏による電子音楽が奏でられる。
これらの仕組みや表現の意匠性は簡素にし、映像を提示することで、鑑賞者の音楽的関心を失わせるよう誘導をしている。コンサートとは本来人間による演奏を鑑賞する場であるが、人間の演奏をBGM化させることで、音楽聴取の意義を再考する。
映像内では食物連鎖の生態系のシミュレーションがリアルタイムに作られる。この世界には、草、ブタ、オオカミ、ゾウの4種類の生物が生息する。草はブタとゾウに食べられ、ブタはオオカミに食べられる。ここには草ーブターオオカミと、草ーゾウという2つの食物連鎖の関係が存在する。ブタ、オオカミ、ゾウは一定数食べると1匹子供を産み、他の動物に食べられたり餓死すると腐敗物に変化する。腐敗物は一定時間が立つと微生物に分解され、草へと変化する。
各生物の個体数のデータが演奏指示にマッピングされる。各生物は弦楽四重奏の各パートに割り当てられおり、第1ヴァイオリンには草、第2ヴァイオリンにはブタ、ヴィオラにはオオカミ、チェロにはゾウとなっている。一般的な音楽においては、各パートは共通のテンポを共有するが、本作ではパートごとの生物個体数によって異なるテンポが設定される。
音域の設定は五線記譜法で見て最低音を下第1間、最高音を上第1間としている。ヴァイオリンの音域を例にするとD4からG5(国際式音名)である。音高は常に鍵盤楽器の白鍵が選択される。映像生成時の初期設定は音階の中でランダムに選択される。ゾウの個体数が増減すると全てのパートの音高がランダムに選択される。これは、ゾウは食物連鎖の関係で独立した存在であり、また個体数によって他の生態系の増減に大きく影響するからである。つまり1匹の増減によって世界の動きを変化させる生物のため、一度に全体の音高を変更させ世界の雰囲気を変えている。
弦楽四重奏は画面の四隅に表示されている楽譜を見ながらピチカート奏法のみで演奏を行う。弓を持ったり、楽器を肩に当てたりする必要はない。映像の四隅にある楽譜は、左上が第1ヴァイオリン、左下が第2ヴァイオリン、右上がヴィオラ、右下がチェロの楽譜となる。表示された音高に従い、開放弦を優先的に選択するよう演奏を行う。正方形の楽譜のなかで、オレンジの四角形が中心から四辺に向かって大きくなっていく。オレンジの四角形が白い正方形の辺に触れたタイミングで発音させる。可能な限り長い余韻を響かせるように演奏を行う。もし演奏の直前に音高が変化した場合は、無理に対応せず、前の音高を演奏して良い。
本作は、BGM的な聴取方法をコンサートという場に持ち込むことによって、現代社会によって生まれた聴取方法を顕在化させ、コンサート作品の可能性を拡張させるために作曲された。
動画投稿サイトは多くの人々が毎日閲覧するほど、私達の生活の中で当たり前のものとなった。そこに投稿される音楽には映像が付帯することが多い。プロモーション用に制作されたPV、MV。そしてインディーズ作品では、動画サイトに最適化させるために豪華な映像を付けることもある。それらは引き込むような映像を付けており、音楽が主体であるはずの動画であるのに、映像の方が強く、音楽がBGMとなっている場合が多い。このような、音楽とは異なる要素に気を取られ、無意識的に音楽を聴く行為をここでは「BGM的聴取」と呼ぶ。
コンサートは音楽を聴きに行く場である。近年ではポピュラー音楽のコンサートや一部のクラシックコンサートでも映像や照明の演出なども見られるが、あくまで音楽を際立てるための演出として使用されており、主体となるのは音楽である。特にクラシックや現代音楽のコンサートでは、演奏中に咳き込んだり音を立てるような行為は失礼に当たるなど、観客は1つ1つの音楽に対して集中して鑑賞を行う傾向がある。このような場に対して、BGM的聴取の作品を演奏することで、従来のコンサートにおいて求められる作品の枠組を顕在化させ、コンサートにおける音楽聴取方法を再考させる。
本作をBGM的聴取型の作品にするために、意匠的な要素は少なくなるように作曲した。映像内のシミュレーションはローポリゴンを採用し豪華なモデリングは控えた。リアルな動物や風景が作られ意匠性が高まると、それは映像作品として楽しめるものになってしまう。なるべく質素で抽象的なものにした。作曲面では、時間の変化につれて展開することもさけ、常に殆ど同じような音響が続くようにハ長調のスケールにマッピングした。また演奏方法はピチカートのみを指定した。音色が変化すると展開が生じたように感じられるため、観客の関心を引いてしまうからである。このようにして、音楽から映像内で作られる生態系の仕組みに関心が行くように誘導した。
本作のタイトルは2018年に流行しているYouTubeの動画タイトルを模している。動画のタイトルには、クリック数を稼ぐための戦略が取られている。例えば【衝撃】や【感動】などをメインタイトルの頭に付けることで、動画の性質を提示しながら、見てみたくなる衝動を作る。また本作は「食物連鎖の生態系を作ってみたら…」というタイトルだが、もしこれが「食物連鎖の生態系を作ってみた」であったら、関心が若干失われてしまう。「作ってみたら…」何かが起きたのだろうと、想像されることで関心を引く。
この作品タイトルには3つの狙いがある。1つ目は、コンサート作品にこのようなタイトルを付けることで違和感を覚えさせ、一般的な音楽作品ではないこと示すこと。2つ目は、YouTube動画を連想させることで、映像内容が優位に立つことを暗喩すること。そして、想像上の出来事に期待させ何も起こらない作品を鑑賞させることで、早い段階で作品内容に意匠性が含まれていないことを認知させることである。