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sd.mod.live(2018)

Photo: 嵯峨 倫寛

編成

Snare drum 2, Video

演奏者

関聡 Satoshi Seki

初演

日時: 2018.03.06
イベント: 第21回日本電子音楽協会定期演奏会「詠像詩」
会場: 浦安音楽ホール ハーモニーホール

作品解説

 本作は打楽器奏者によるスネアドラムの即興演奏の映像と、実際のスネアドラムを使用したオーディオヴィジュアル・パフォーマンス作品である。演奏時にオペレーターはコンピュータを用いて、同期された映像と音声をコントロールすることで演奏を行う。本作の演奏スタイルは従来の電子音楽と同様である。しかし決定的に異なる点はスピーカーから音が聞こえてくるのではなく、ステージに置かれたスネアドラムから聞こえてくるということである。
 通常楽器の演奏には、演奏された音だけではなく、それに付随する視覚的な振る舞いも含まれる。しかし、電子音楽においては楽器の音のみがサンプリングされ、振る舞いは失われた状態で再生されることが一般的になっている。本作では、演奏の音と共にその姿もサンプリングすることで、電子音楽で失われていた視覚的な振る舞いを復活させた。
 打楽器奏者の即興演奏に内在する連続的なリズムを、オペレーターがスキップやループなどのデジタルなリズムで断絶することによって融合させる。そこで生まれる音響は生演奏には不可能なものであるが、そこに置かれた楽器から聞こえてくることと、映像によって振る舞いが付随することによって、デジタル表現と私達の世界が結び付けられたような印象を引き起こす。

Photo: 福島諭

 従来の「音楽」とは、演奏者が楽器を演奏することで成り立つものだった。録音技術や信号処理技術が誕生してからは演奏者が不在のスピーカーによる電子音楽も当たり前のものとなり、楽器による音楽は「器楽」と呼ばれるようになった。器楽と電子音楽は互いに影響し合いながらも二手に分岐して取り組まれてきた。器楽はシンセサイザーやサンプリング音を組み込んだり、電子音楽は生演奏のサンプリングを用いたり、センサーを使用した演奏を行うなど様々な方法で互いの要素を取り入れてきた。しかし楽器を鳴らすことと、スピーカーで音を鳴らすこと、という異なる発音方法は混ざりあうことが無かった。
 本作では観客に音を届ける装置であったスピーカーを、スネアドラムに取り付けることで、楽器を演奏させるための装置として用いた。これによりスネアドラムの生演奏を再現することが可能になり、楽器では演奏できない音響も楽器から発生させることを可能にした。本作の手法を用いることで、楽器とスピーカーの発音方法は融合されるようになった。この手法による音楽はこれから開拓されうる新しい領域になるかもしれない。

Photo: 嵯峨 倫寛

 録音技術が誕生する以前の音楽を鑑賞する行為には、音を聴くだけではなく演奏の振る舞いを観ることも含まれていた。一般的に音楽におけるサンプリングとは音のみを録音することである。楽器の音をサンプリングし、スキップやループ処理を加えて作られる音響は一般的によく聞かれるものになった。しかし、この作品においては音と同時に映像もサンプリングしており、音に対する視覚的な振る舞いも再現できる。それがどのような印象を引き起こすかについては、まだ一般的な感覚ではないだろう。
 音や映像のサンプリングとは過去の瞬間を切り取る行為であるが、音のサンプリングには時代性があまり反映されてこなかった。録音の内容や状態から、何年ごろ、何の装置で録音されたか等を想定することは可能だが、具体的で明瞭な音ほど、いつ録音されたものかが判別しにくく、時代性を反映させにくい。1980年に製造されたドラムマシンTR-808の音は、2018年の流行の音楽でもサンプリングが多用されているのは、その1つの例であると言えるだろう。
 本作のサンプリングのために、関氏にはあえて演奏用の衣装ではなく普段着を着用してもらった。当時の関氏のセンスを反映させるためである。現在同様の依頼をしても演奏内容や服装、髪型は変わり、異なる印象を持つものになるだろう。これはサンプリング素材として全く異なるものである。

Photo: 福島諭

 使用されるサンプリング素材を単なる表現のための素材として扱うのではなく、打楽器奏者の存在性は丁重に扱われなければならない。オペレーターは画面の中の奏者による演奏に対応して、即興的にセッションすることでこの作品は成立する。
 電子音楽は、信号処理によってスピーカーから様々な音響を生み出してきた。しかし、そのようにして作られる音楽はやり尽くされできることは少なくなってきた。これからは、スピーカーの中で構築される世界から抜け出し、私達の住む世界とリンクする表現を開拓しなければならない。そのための1つのアプローチが本作である。

システム

Photo: 嵯峨 倫寛

 スネアドラムは、スティックをスネアドラムのヘッドに当てることが通常の奏法である。スティックがヘッドに当たると一瞬のノイズのような振動が発生する。それが胴体で共鳴が起こり、反対側のヘッドに取り付けられたスナッピーがノイズを奏で音色が作られる。つまり、ヘッドに与えた振動を再現できれば、胴体が共鳴しスナッピーがノイズを奏で、実際の演奏を模倣できる。
 実際の演奏の振動を再現するために、録音時にはそれに合ったマイキングにした。通常スネアドラムの録音は、上面のヘッドと、下面のスナッピーにマイクを向けて録音する。マイクもスモールダイアフラムのコンデンサーマイクなどを使用して、高音域が明瞭に聴こえるようなものを選択することが一般的である。しかし今回は、振動を再現するため、中低域を録音しやすいSENNHEISER MD421MK2を選択した。また上面のマイキングにも様々な当て方があるが、再生時にどのようなスネアドラムにも対応しやすいよう、振動が平均的になるヘッドの中心を狙った。
 こうして録音された振動は振動スピーカーを用いて膜の上で再生される。振動スピーカーとは、一般的なコーン紙などを振動させるスピーカーとは異なり、机などの平面に貼り付け、貼り付けたものを共鳴体として音を再生するものである。これによって演奏者が奏でた振動が再現できるようになった。オーケストリオンのように機械的にスティックを操作し演奏する仕組に比べ、演奏のニュアンスやタイミングなどの細かい再現が可能になった。

Photo: 嵯峨 倫寛

 ソフトウェア面では、PCにMIDIコントローラーを接続し、同期された映像と音源をコントロールする。入力されたMIDI情報はCycling '74 Maxで受信し、音源の再生位置、ループの長さ、再生速度を変更する。それぞれは2台のスネアドラムごとに設定できる。MaxのUIには波形が表示されており、これでサンプリングの全体像を把握し、奏者が演奏したい箇所を選択しやすいようにしている。演奏の音源が読み込まれており、該当する箇所を再生し、2つの信号に別れて2台のスネアドラムをコントロールする。MaxからはOSCがDerivative TouchDesignerに送信される。Maxで操作している項目がTouchDesignerのフォーマットに合うよう変換され、OSCを通じて数値が送られる。TouchDesignerには非圧縮の動画データが読み込まれており、Maxの音源の操作と同期するよう、該当する箇所を再生するように組まれている。